数年前から、オズワルド・リオスは、世界の片隅にある我々の国の代表者となった。彼が演じた様々な役柄は、千沙なテレビ画面を通じ、さまざまな物語の中で彼を見た多くの家庭で受け入れられてきた。ベロニカ・カストロやタリアのような、メロドラマの女王たちの男性版ともいえるだろうが、その魅力で彼はテレビドラマの王となった。
今日、彼は自分の希望、将来の計画、野心、夢などについて語ってくれた。
Q:あなたの内になる少年は?
子供達がゲームに真剣になるように、人生と言うこの美しい遊戯で遊びたくてしかたない。大喜びで、可愛いイタズラをたくさんしながらね。一人の子供に、君は一体何者か?何をしているのか?と聞かれたら、何て答える?
沢山の子供達が僕にそう聞くんだ。だって僕には息子が一人いて、彼にはたくさんの友達がいる。だからそう訊ねたら、「遊ぶことさ。僕は俳優だからね。」と答える。すると時々こう返ってくる。「それでお金を貰えるの?」って。そうだ、と答えると笑い出して、結局皆、俳優になりたがるのさ。
Q:俳優になる前の生活に戻りたいと思うことは?
家族ともと長く一緒に過ごしたい。多くの国で僕の演技を見てもらえるようになったというのはラッキーな事だけど、それで何年も故郷を離れることになる。「僕の家族」と言うのは、つまりここ、この島にいる家族のことだよ。僕の息子のギゥリアーノには、2週間以上会わなかったことは無い。スペインで仕事をするとしても、月に2回は息子に会いにくると決めている。彼とは必ず夏は一緒に過ごすし、クリスマスや聖週間(セマナ・サンタ)も欠かせない。僕にとってはそれは浸しがたい神聖なことなんだ。
Q:あなたの事を役柄だけで知っている、文化の違う遠い国々の人々に歓迎された時、どんな印象を持つ?
時々不思議な気持ちになる。ドラマは他の言語に訳されているからね。吹き替えした声優の声で話すと思っている人たちがいて、僕が話すのを聞くとちょっと驚くみたいだ。だいていは、通訳を使うけど。
Q:あなたが裕福でない家庭の出身だということは、あなたのキャリアにとってどんな意味があった?庶民の出であるということが、あなたの仕事にどんな影響をもたらした?
多くの影響を受けた。今の僕、僕のやってきたこと、成し遂げてきたことの大部分は、確実に僕が貧しい場所の出身であるお陰だと思う。愛情も、よい教育も、別に何も足りないものはなかったけれどね。労働の尊さと、忍耐強くあることの価値を教えてくれた母親がいた。そして楽しく、誠実に生きることを教えてくれた育ての父と、望む夢を叶えるためには、日々戦わなければいけないということを教えてくれた実の父がいた。
Q:継父はあなたにボクシングの軽試合をさせたというのは本当?
継父は、ケニー・サンチェスという名前だけど、僕がボクサーになることを望んでいた。毎日曜日にリオ・ピエドラス市場の広場を囲って、リングが作られた。2、3回試合したけど、悪くなかったし、ボクシングは好きだった。僕の母親にそれがバレて、僕を言葉でノックアウトするまでは。人生でやってきたことは後悔無いから、そのことには感謝しているよ。
Q:心理学を勉強した頃、他のことをやってみたいと思ったこともあった?アーティストになりたいとか?
ああ、物心ついた頃からずっと僕はアーティストになる運命だと思っていた。小学校からキリスト誕生の劇には全部出演したし。いつも東方の三賢人の誰かの約で、三人とも演じたね。歌うのが好きで、ミュージカルグループにも所属していた。あの当時は、ラファエルとサンドロがアイドルだったから、よく学校で彼らの物真似をしてものさ。初めて舞台に立った時は、サンドロみたいに歌って拍手される気持ちを味わって、まだ7つの時だったけどあの時、アーティストにならなければ、と思ったよ。アートといえる全ての表現方法の中で、音楽や芸術ni関するものなら何でも好きだった。ただひとつ、上手くいかなかったのは、まっすぐな線すら描けないから絵画だね。パブロ・ピカソと同じ、10月25日生まれだって言うのにな。
Q:心理学者として再び働きたいと思う?
恐らく毎日心理学者のように働いているよ。だって台本や脚本を手にしたら、少なくて主ある人物の役作りをするために、僕はその人格の心理的なプロフィールを創ろうとする。そしてその分析方法は、前に患者を診断した時と同じやり方だ。でも、正確な意味で心理学者としては、もう働かないと思うな。第一に、僕のライセンスはもう期限切れだし、第二に、誰かが芸術を一度自分の転職として、重視してしまったら、もうその道で後戻りは出来ないのではないかと思う。もし、遠い将来アーティストでなくなるとしたら、そうだね、公共の仕事に就きたいな。
Q:プエルトリコ人の精神的状態をどう思う?
プエルトリコが精神的な重い問題を抱えているのは、おそらく偶然ではないと思う。プエルトリコの精神病になる確率はとても高いんだ。世界レベルで比較すると、僕らは上位10位に入る。この問題の原因の大部分は、僕らがプエルトリコ人としてのアイデンティティを得にくいことにあると思う。アルベルト・メミは『植民地の肖像』というタイトルの本を書き、その中で植民地化された国の人々がどのような性格をもつかという分類をしたが、それを読んだ時、まさに僕らはこの通りだ、と思ったよ。実際に、心理学科の大学院過程では、主に文化的アイデンティティの現象についての研究をした。キューバ、メキシコ、米国などで多くの国際心理会議に出席して、僕らの研究を他の国々のもの、例えばメキシコ北部の米国との国境付近と比較して、プエルトリコ人の多くが抱えている問題、国民的アイデンティティの欠如に苦しむプロセスが、よく似ていることに気づいた。実際、僕らは、自分達が何者なのか、分からないんだね。
Q:あなたが演じてきた中でどの役が一番精神的、心理的な準備が必要だった?
多分2つある。『ラ・ビウダ・デ・ブランコ(ブランコの未亡人)』のディエゴ・ブランコはコロンビア平原(リャノ)に住む農民で、妙なアクセントで話し、変わったことをし、その上人格にとても独特ないくつかの特徴があった。彼らがどんな風に行動し、振る舞うかを見るために、一ヶ月ほどコロンビアのリャノの人達を生活をしなければならなかった。アクセントはマスターするのがちょっと難しかったし、そう言う意味でとても努力をしなければならなかった。コロンビアにほぼ2年間滞在しておかしかったのは、その人格を掴んでプエルトリコに帰国したら、僕がへんな話し方をしていると母に言われてしまった。もうひとつは、1991年の劇『ラ・フォルトゥーナ・イ・ロス・オホス・デル・オンブレ(幸運と男の瞳)』で、囚人の役だった。スミッティを演じたけど、軽い罪で投獄される若者だった。でも監獄の中で怪物、や銃に変身してしまう。少年院の体制が社会復帰とはほど遠いもので、彼を墜落させてしまうんだ。
Q:あなたの心理学の知識を誰かに操作するために利用したことは?
無いよ。何かを得たい時、それが何であっても、一番良い方法は自分自身で掴むこと、純粋でいることだ。君が透明な気持ちでいるなら、操作の入り込む余地はない。なぜなら何かを得る時、宇宙の摂理でそれを得ることが出来るからそうなる。それに、僕のキャリアを通じて何度も遭ったことだけど、情報操作をしようと近づいてきた人は何人もいた。実際は違うのに、何かをしたり言ったりする。僕はそういうのは否定してきた。いずれ時が来れば、皆分かることだし。
Q:絶対に演じたくないのはどういうタイプの役柄?
ラテンアメリカ人のイメージを侮辱するような役は演じたくない。僕はあの、話題のクロスオーバーに関しては良い機会を与えられてきたけど、どうして多くの人々がそのことで強迫観念にとりつかれるのかが分からない。僕らラテンの人間は独自の文学を持っているし、アングロサクソン人よりずっと古い文化を持っている。僕は自分の言語で映画を作るのが好きだ。例えば、一度『ウエストサイドストーリー』をやらないかという話が来たけど、悪いが、僕らはもっと奥深いんだ、と言ってやりたかった。あの日、50年代に僕らが何故ニューヨークへ移民したかを、本当に描くミュージカルを作る、と決めた。あの日に決心したんだ。
Q:仕事のためなら必要なスタイルも変える?たとえば坊主にするとか、太るとか?
そうやってきたよ。『サルベモス・ロス・デルフィネス(イルカたちを救え)』という演劇作品でチベットの僧の役を演じて、頭を丸めてお化粧した。『パシオン・エン・エル・エスベホ(鏡の中の情熱)』ではコカイン中毒者を演じた。あの時は20ポンド(約10キロ)も太って、ヒゲをはやして不健康な役立った。役のために、20?30ポンドも体重を落とさなければならなかったことだってある。ある役柄に自分がなりきるための蓄えなんてないから、光るようにしか光れない。僕の道徳的潔白は人格的なもので、外見からできるものではないんだ。
Q:どういう時に美しさを感じる?
僕にとって美とは純粋さと同意義だ、汚れのなさだね。残念ながら僕は人工的なものすべてに美を感じることが出来ないと思う。
Q:映画で何をしたい?
インデペンデント映画が好きだ。どこのものであってもね。実際、1995年にスペインに住んでいた時、あちらで映画をつくる機会があった。でもファイン・アート映画をもっと研究したいな。ハイウッドの商業的映画には全く興味が無い。役柄がすごく良くて、僕をとても成長させてくれるような俳優達と働けるんなら別だけど。インディーズ映画はとても僕を惹き付ける。彼らは何よりも芸術を優先させるからね。来年はそちらの方向で仕事をすると思う。
Q:一緒に働きたい監督はいる?
スペインではアルモンドバルと『アブレ・ロス・オホス(目を開けろ)』の監督アレハンドロ・アメナバルの仕事に唸り、驚嘆し、魅了させられるね。イタリアではベルトリッチが好きだ。アメリカ映画ではタランティーノの映画はみんな好きだし、オリバー・ストーンのいくつかの作品も好きだが、僕のお気に入りの監督はマーティン・スコセッシなんだ。
Q:あなたのキャリアの中でやってきたことで後悔していることがある?
馬車馬の様に働いてきたけど、それでもまだ、もっと働かなかったことを悔やむことがある。プライベートにとても固執した時期があって、色んな所に行き、僕のことなんか誰も知らないような場所で、世捨て人のように過ごしたけど、時々ちょっと度が過ぎてしまって、いくるかの良いプロジェクトを断ってしまったことがある。僕の平穏と精神安定を優先してね。でも大体においては後悔はないし、仕事上やり遂げてきたことに満足しているよ。
Q:21世紀の女性に何を信じる?
女性は、単に21世紀だけに限らず、宇宙の創造物の中で最も強い力を持ち、素晴らしい存在だと思う。自然自体が女性的で、神は女性なんじゃないかな、男性性よりも女性性の方が強い。だって一人の人間が時には二面性を持ち、繊細で傷付きやすい人間もいるなんて、あまりに難しいことだ。
神様のおかげで、少しずつそうすることが出来たけど、子供の時から叩き込まれるラテンアメリカの俗悪なるマチズモの全ての呪縛から解き放たれるのは容易なことではなかった。15歳の頃、年上の恋愛相手に出会ったことから少しずつ変わったけど、そう意味でそれが随分僕の救いになった。
Q:新世紀の到来をどう思う?
時間は幻想だと思う。沢山の人々が、新世紀の到来を祝っているけど、僕は疑問に思う。すべて同じように続くなら、何がミレニアムだってね。そう、希望が持つ口実を持つことは素敵だけど、でも新世紀が来ようが来なかろうが、変革は自分自身で始めなきゃならないんだ。
Q:女優と再婚するつもりはある?
女優であろうと看護婦であろうと海洋学者であろうと、愛した女性とならば再婚するよ。勿論さ!恋すること、とても愛する誰かと恋愛感情で結ばれることは、全ての人間が体験することの出来る最良の感情的状態じゃないかな。
Q:家庭内暴力に関する告発で、何らかの形であなたのキャリアに影響が出たと思う?
恐らく人類は、特にプエルトリコ人は頭が良くて、マチャードが彼の詩の中で言うように「旅人よ、道はない。歩けば道が出来る」歩いていく、進んで行く過程で、麦わらの中の小麦をみつけられるように、つまり本当のことを言う人物を嗅ぎ分けること、真実の中の嘘を見つけること、人生そのものからモンタージュを区別出来るようになる。そう言う意味では僕は今平穏でいられるよ。
Q:あなたの恋愛関係の多くが、ひどい終わり方をしたのは何故だと思う?
そうだな。それは僕だけに特有のことでは無いと思う。結婚の70%が離婚に終わる、という体制の中で、僕もその現実から逃れることができなかったということだ。でもひどい終わり方をしたとは言えない。約8年のとても幸せな結婚生活、4年間カップルとして、長く続いたその関係の誇りを持ち、満足して生活していた。愛が終わる時、終わってしまったらお互いどうすることも出来ない。離婚は失敗と同義語ではない。愛情が存在しなくなり、もう機能しなくなったことを続けようとすることこそ失敗だと思う。
Q:もっと子供が欲しい?
そう、たくさん働いて、戦っている人間は、一人以上の子供を持つことを享受出来るといいね。彼らが大きくなり、成長し、学び、良い人間になっていくのを見る。少なくともまだ3人子供が欲しいね。今は適切なパートナーを見つけなくちゃいけないけど。
Q:あなたの両親が与えてくれなかったことであなたの息子に与えているものは何?
僕の息子には、僕の両親が与えてくれた事をたくさん与えていると思う。僕の両親が与えてくれなかったものは何もないよ。恐らく肉体的な不在。僕の実の父は漁師で、一緒に過ごしたことはほとんどない。でもほんのわずかの間、一緒にいてくれる時は充実していた。あちこちへ航海していたけど、船で地中海へ行く時、出発前に彼が僕に「何を持ってきて欲しい?」と訊ねた。弓と矢とせがんだ。4歳か5歳の時で、そして度だって行った。半年後に戻ってきて、僕は子供だからね、決して弓矢のことは忘れなくて、彼がとても大きな船からタラップを降りて来た時、叫んだ。「パパ、弓と矢を持って来てくれた?」ってね。彼は袋を出して見せ、「ほら、ここにあるよ」と言った。そういうことは決して忘れないし、僕も息子にそうしていると思う。彼にたくさんの愛情と、人間の暖かさを与え、時間を割いて一緒にいられうよう心掛けている。
Q:出演したドラマはどうなった?
ある時期から、僕が出演した作品のいくつかが世界の国々に浸透し、国際市場に進出して海外で売れたものもあった。それでそれらの作品をブラジルや東ヨーロッパ、北アフリカや大きな僕の庭、ラテンアメリカの国々に紹介することが出来た。
Q:スージィ・ディアス以外にも、最もコンタクトの多いラテンアメリカで誰かのキャリアアップを助ける計画がある?
それははっきりさせたいね。僕は自分自身で仕事を切り盛りしているわけだけど、それでと気には混乱してしまう。スージーの場合はプエルトリコで彼女をバックアップした。個人的にここでのいつくかの仕事をしてもらうために、彼女をロサンゼルスから連れて来た。でも実際にここで彼女の事を管理しているのは、リバーサイド・エンターティメント・グループで、僕の仕事もマネージメントをしてくれている。僕は、ただ彼女にアドヴァイスしたり、僕の人生の中でも長い時間共にした彼女に、ある人間に与え得る最も大きな愛情を注いできただけさ。でも彼女はロサンゼルスに、マリア・コンチータ・アロンソやあちらにいる他の役者達と同じく、マネージャーがついている。
Q:あなたの人生のターニングポイントはいつ?
まず、4年制の大学の卒業かな?長い事両親に会えず、話す事も無かったのだが、あの卒業で二人に会えたからね。それに父が船乗りだったから、国際船員連合の奨学金をもらう事ができた。この奨学金の為競争したけど、60年あまりの奨学制度で、僕はこの奨学金を得た初めてのプエルトリコ人だった。そのお陰で、素敵なことに僕の両親に20年振りに再会出来たんだ。もう一つは、何年間も勉強し、犠牲を払って学業を終えた時と息子のギゥリアーノが生まれた時だ。
<Q好きな事>
Q:最も大事な事は?
世界のどこであっても、不正が行われない事
Q:あなたのお気に入りの言葉は?
自由
Q:役者以外に興味のある職業は?
シェフ
Q:住みたい場所は?
プエルトリコ。外国ならば、スペイン
Q:歴所上、あるいはフィクションの人物で最も好きなのは?
・歴 史 上 :イエスキリストとマハトマ・ガンジー
・フィクション:ラ・マンチャのドンキ・ホーテ
Q:好きな食べ物は?
食いしん坊なんだ。食べ物は何でも好きだけど、何か選ばなきゃいけないのならパスタと魚介類
Q:最もよく空想するのはどんなこと?
僕の島が自由になり主権を持ち、一つの国旗と国歌を持ち、僕らプエルトリコ人が誰にも許可を取らずに、僕らの土地の運命を決める事が出来るようになること。
Q:恐いものは?
スズメバチ
Q:家に飾りたいアート作品は?
グスタフ・クリムトの「接吻」
Q:好きな音は?
息子ギゥリアーノの笑い声
<Q:嫌いな事>
Q:どうでもいいことは?
冗談話
Q:あまり好きでは無い言葉は?
オトリノラリンゴロコ(耳鼻咽喉外科医)
Q:住みたくない場所は?
北極。寒いのは大嫌い
Q:歴場の人物とフィクションの登場人物で嫌いなのは?
・歴 史 上 :ミレス将軍。1898年に何故グアニカに侵入しなければならなかったのかまだ分からない。
・フィクション:『ロードランナー』のコヨーテが嫌いだ
Q:嫌いな食べ物は?
何も無い。何でも好き
Q:悪夢は?
今は、ビエケスの海軍
Q:恐くないものは?
神様は恐くない。反対に愛している。
Q:家に飾りたくないアート作品は?
ルノワールの作品は全部嫌いだ。
Q:嫌いな音は?
車のクラクションの音
Q:長所は?
世界中のどんな所にでも起こる、いかなる不正に対しても怒りを覚える事が出来る正義心
Q:どの時代に生きてみたかった?
ギリシャの賢人や鉄人が、アクロポリスでソクラテスの産婆術の会話を交わしていた時代。
インディオがカシーケ戦士に混じって、スペイン人がこの島を征服するのを止めさせるために戦いたい。
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