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マドリード発?『カサンドラ』やその他16のテレビドラマのヒーロー、オズワルド・リオスは、最近の作品『ラ・ビウダ・デ・ブランコ(ブランコの未亡人)』で再びスペイン国営放送テレビに旋風をまきおこす。この作品は、コロンビアで撮影され、リオスによれば、彼の国のテレビ界のガルシア・マルケスとも云われている作家フリオ・ヒメネスによるものだ。「彼のテレビドラマの中心テーマは、愛だ。『ラ・ビウダ・デ・ブランコ』はサスペンス要素がたくさん盛り込まれて興味をそそり、登場人物はその輪郭がとてもはっきりと描かれている。制作会社が受けた全てのオファーの中で、1999年の初めに放映予定のスペイン国営放送の1チャンネルが有力だった」と、とても満足しているその仕事について話すための突然の訪問で、マドリードに着いた俳優リオスは、はっきりと語った。
ハンサム。個性があり、圧倒的なカリスマ性をもつ。浅黒い肌、たえまない彼の生への欲求をあらわす満面の笑み、エンカント島で生まれたこの俳優は、人々の共感を集め、疑いなく優れた人物であるというイメージで、世界のあちこちに知られることとなった。
2月に、その連続ドラマの登場人物の何人かと、公式なプレゼンテーションのためにスペインに戻ってくる。主演女優はコロンビア人マリア・エレナ・ペレスで、彼女は5年前からイタリアに住み、テレビや劇場で演じている。
この連続ドラマであなたを一番ひきつけるのは何?
上手に組みたてられ、かなりの点でおきまりの枠を超えたそのストーリーだ。アウレリオ・バルカセルによる監督も影響している。コロンビアのインターナショナル・ラジオ・テレビの制作だ。このテレビドラマはほとんど100ヶ国で成功を収めた。全東ヨーロッパとバルカン半島の国々への2ヶ月半のツアーを終えたばかりなんだ。ブルガリア、ルーマニア、ハンガリー、ボスニア、ユーゴスラビア、トルコ、ロシアを回った。あれほど異なる文化をもつ視聴者が、僕らのテレビドラマに夢中になっているの
を見るのは感動的だ。イスパノアメリカの人間であることを、また誇りに思ったよ。
国際的な名声をどうやって手に入れたか?
キューバ人作家デリア・フィアージョが僕を『カサンドラ』に出してくれたおかげだね。僕のキャリアにはこのドラマを撮る前と後で大きな違いがある。デリアは、僕のキャリアの中では、皆が出てきて欲しいと思っている、おとぎ話の救いの妖精みたいなものさ。海外での名声を手に入れたイスパノアメリカのほとんどの俳優達は、彼女か、もう一人のキューバ人作家イネス・ロデーナ(『ロス・リコス・タンビエン・ジョーラン(金持ちもやはり泣く)』や『マリア・メルセデス』のような世界的なテレビドラマの作家)のおかげをこうむっている。彼女たちはこの分野を国際的に開花させた開拓者なんだ。
彼は5つの大陸で有名だ。しかし高慢になったりはしない。純粋さと夢を忘れない少年のような魅力を持っている。
『ラ・ビウダ・デ・ブランコ』で、リオスが主役を演じたテレビドラマの数は、17本になった。
映画をつくることを試みたことは?
98年のはじめにテレビの仕事を休む決心をした。それでずいぶんと犠牲を払ったけどね。月曜から土曜まで毎日15時間から18時間働いた。この最後の仕事のために2年ほどコロンビアにいたんだ。その時映画を作った。プエルトリコでは二つの映画に出たばかりで、僕のお気に入りの監督の一人、ビセンテ・カストロの『ウナ・パシオン・エン・エル・エスペホ(鏡の中の情熱)』と、『イーホス・デ・ナディエ(孤児たち)』だ。
彼の計画のひとつは、『ウナ・ムチャチャ・ジャマーダ・ミラグロス(奇跡という名の少女)』の主役を演じること…・
住まいはプエルトリコ?
一番仕事をし、一番時を過ごした場所に家をもっているけど、たとえ家族に会いにほんの少しの間訊ねるだけでも、プエルトリコに僕の本当の家があるし、それに何日か自然を楽しむために過ごせる別荘もある。でも僕の芸術的基地はマイアミだ。自分の故郷よりも、他の場所で暮らすことが多いと言うのは皮肉なことだね。それがこの職業で払わねばならない代価のひとつなんだ。
彼は演じている時以外は、どこでもカリブ的なアクセントで話す。まるでマンハッタンの中心部で生まれたかのように、英語も完璧にマスターしている。
次の仕事は何?
今のところタイトルは、『サンタ・エスペランサ(聖なる希望)』で、もう仕事は始まっている。領海に関して米国海軍に立ち向かう、カリブの漁村の物語だ。事実に基づいた話だ。リーダーとなる中心人物のサルバドールは、カリブ海の現実に関わる物語を世界に紹介する機会僕に与えてくれる。カルロス・ビベスが『ラファエル・エスカローナ』でとったのと同じスタイルの連続ドラマだ。ダニィ・リベラ、ジルベルト・サンタ・ロサ、ジェディ・メディナによるアーティストのグループと一緒に、サウンドトラックを録音したばかりだ。ベネズエラのマルガリータ島で最近プロモーション撮影をした。
このオズワルド・リオスの新しい連続ドラマで流れる12のテーマ曲のうち、彼は5曲の詩と作曲をし、7曲を歌っている。残りの曲はダニィ・リベラのものだ。
彼は大学の専門課程では心理学を学んだが、実務はせず、彼の俳優という仕事の上で実践するわけではない。しかし彼はものごとをよく観察し、飛行機で旅行中も、通路を歩いてどんなふうに人々が眠るかまで観察すると告白した。「僕は観察に生きているよ」と彼は話す。そしてこう付け加えた。
「プエルトリコ大学でアマチュア俳優として活動を始めて、その後、サンファン劇場でメキシコ人作家ロベルト・ロドリゲスの作品に出演した。あれがこの俳優という職業にふさわしい質の演技で、本格的に演劇活動に携わった最初だった。それに続いて、さまざまなテレビ番組への出演依頼が来て、演劇もずいぶんやった。プエルトリコやニューヨークの優れた監督達と仕事するチャンスがあった」。
しかし、彼が本当に社会的に認知されたのは、ベネズエラ人女優ルディ・ロドリゲスと共演した、さまざまな愛の物語をベースにしたコリン・テジャードの連続ドラマ『エン・アケージャ・プラヤ(あの海岸で)』でだった。
「あの時は、プエルトリコ在住のカタルーニャ人、ガブリエル・スアウが監督だったけど、彼は僕にとって幸運のお守りみたいな人で、そのドラマに出演していたおかげで、デリア・フィアージョが僕を見つけて、『カサンドラ』の主演のために呼んでくれた」。
オズワルドは、テレビドラマが一つの産業とみなされている国ならどこでも撮影している。彼の今の計画のうちのひとつは、デリア・フィアージョの『ウナ・ムチャチャ・ジャマーダ・ミラグロス(奇跡という名の少女)』の新バージョンで主役を演じることだ。
アナウンサーのカルメン・ドミニッチと結婚し、離婚。彼女との間に8歳になる子どもがいるが、リオスは今のところ再婚の意思はないと告白した。
「先妻との僕の間には、良い友人同志であるというパーフェクトな関係がある。僕らの子どもはなによりも大事だ。仕事の契約をする時はいつも、ある条件を要求する。月に二回の週末には木曜から日曜まで、息子に会いにニューヨークに行かなければならない。それに彼が長期休暇の時は、彼は僕がその時働いている国で一緒に過ごすんだ」と続けた。
仕事に情熱を注ぐ全ての俳優達と同じように、リオスも監督をしたいと考えている。ジャック・ニコルソンの次の映画の役のために、5回もオーデションをした。映画と読書は彼の二つの情熱の対象だ。スペインのニューシネマにとても惹きつけられていると教えてくれた。
飛行機を降りてすぐに、彼が最初にしたことは、敬愛する監督トゥルエバの『ラ・ニーニャ・デ・ミス・オホス(私の目のなかの少女)』を見に行くことだった。彼のアイドルはベネズエラで女優になった、キューバ人女優マリア・コンチータ・アロンソとプエルトリコ人チータ・リベラ、リタ・モレノである。
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