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2006年9月20日水曜日
ミリイ・カンビアノ プリメーラ・オラ
オズワルド・リオスはプエルトリコにいて、そこで私達は彼の計画についてあれこれ話し合い、聞いたことによると、彼はとても満足している。「嵐の後に静けさが訪れた。」オズワルド・リオスにとって、平穏は新たな挑戦とともにやってきたのだ。
月曜日私達は、ビセンテ・カストロとホルヘ・ルイス・ラモスが制作した映画『ラ・カレテラ(幹線道路)』で、彼を見た。実際のところ、彼の役柄はうまく引き出され、「たいそうひどい奴」だったので、最終的には当然の罰を受けた。私はルルデス・ロブレスには好意的な驚きを感じ、そのように彼にも話した。
「ビセンテ・カストロの仕事は、彼が望むことを私達から引き出すことだった。ビセンテはたいへん手助けしてくれ、画面で彼が見たいと思うものを獲得することができた」と、リオスは語った。
この欄で何度も触れてきたように、テレビサのエージェントはさまざまなテレビドラマのスターとして彼を求めてきた。ああ!しかしテレムンドが彼らに先んじて、3年間の契約をしたばかりなのだ。でも契約にそのへんの重役が署名したとは思わないで。そう、それは「まぎれもなく」NBCテレムンドの社長、ドン・ブラウンだったのだ。
契約には何が書かれていたのか?3本のテレビドラマに主演し、『デシシオネスVIP(VIPの決断)』の6つの章に出演すること。最初のテレビドラマは、この俳優がコロンビアで主演した、『ラ・ビウダ・デ・ブランコ(ブランコの未亡人)』の新バージョンだ。
彼とは、イタティ・カントラルとフランシスコ・ガットルノが共演する。そういえば、この長編メロドラマのプロモーション写真を見たけれど、オズワルドは光り輝いて、キューバ人よりもずっとイケメンだった。
テレムンド・インターナショナルで放映されたこのメロドラマのオリジナルバージョンでは、オズワルドはヨランディータ・モンヘと共演していたが、このチャンネルで放映されたときは、物語の結末はわからなかった。テレムンドが新たなバージョンで発表するのを待たなくてはならなかったのだ。
ああ!でも、プエルトリコ人リオスの新キャリアの良いところは、ここで終わりはしない。「NBCテレムンドとの契約では、私の会社リバーサイド・グループと演劇作品や映画を作る機会がある。さしあたり、次に発表する予定の作品、『エル・ベソ・デ・ラ・ムヘール・アラーニャ(蜘蛛女のキス)』のリハーサルをするつもりだ」と、リオスは強く語った。
実は、あるプエルトリコのプロダクションが、彼に次のプロジェクトへの参加を頼んだが、残念なことに、あるローカルプロジェクトとのテレビドラマの撮影と重なったために、プエルトリコに残ることができなかったのだと、私達に教えてくれた。
あるAM放送局では、すべてが「勇敢なアリのよう」だったそうだ。上司のうちの一人が、あまりにも面倒なことに首を突っ込み、怒り出すと、すさまじい爆発をするはずだと教えられた。うーん、多くの人が、上司の癖を知ったので、途中でそれを待ち望んでいたのだ。
作り話はやめて、モデルのアンヘル・ビエラは、ミュージカル『コーラス・ライン』のリハーサル中で、リハーサルをさぼっていないということを私は確認した。しかし彼の広報担当者は、インタビューでアルゼンチンとメキシコにいると言い張っている。あちらで主演するためだそう。ハロー!彼が同時に2つの場所にいられる能力があるとは知らなかったね。
また、『夢を求めるアーティストたち』というコンサートが、数週間前に「アンソニー・ジュニオル・ソト」基金によって実現し、トロピカルなジャンルの、多くのアーティストのグループを結集し、コミュニケーションと音楽の分野で、新たな才能を支援するために5万ドルを集めることができた。おめでとう。我等の若者達を豊かにしようとする活動を続けて行って欲しい。
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